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zoom RSS Tagum city 通算4回目 亜細亜から南米旅行 二十一日目、二〇一六年三月二十一日【月】

<<   作成日時 : 2017/06/16 10:56   >>

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今は昔・・・・・、ならひしところにあると心まで安くなる。もう少し、ここにありて静かに暮らさむ・・・・・・・・・詠み人知らず

〈旅の日記から〉原文のままに・・・・・。

二十一日目 :Tagum city *通算4回目
宿泊 :WBC Lodge *350ペソ(約840円)  
両替    :なし
食費    :朝食 パン(22P)コーヒー(5P)バナナ(8P)マンゴー(39P)
      :昼食 トロトロ *70P(約168円) 
      :夜食 酒を飲む
雑費    :ブランデー、コーラ、ピーナッツ *200P(約480円)
      

 
Tagum City 通算4日目。ダバオの場合を除いて、ここの安宿が一番居心地が良い。泥棒の心配はないし、宿の近所に必要な店が揃っていて便利だ。それに物価も安い。ダバオでは望めないレベルだ。ここに木曜日まで留まって、体力と気力を回復させよう。
 朝はゆっくり起きて、いつものパンとコーヒーで朝食。その後、マンゴーが食べたくなり、バナナと一緒に購入する。昼は近くのトロトロで食事。だいぶ、ミンダナオ生活も手慣れたものになった。今日で13日目。1日500ペソ(交通費を除く)で乗り切っている。日本円にして1,250円だ。上出来!!
 


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次回更新時に本文の中で回答します!!



【両替について】
 私が旅を始めた当時、日本円を外国に持っていっても両替してもらえなかったので、ドルのキャッシュを持っていくのが当たり前だった。盗難に備えてT/Cなどを使うようになったのも、それから数年後だった。。なにしろ、1976年当時は、1ドル=360円だったから・・・。
それから日本が経済的に発展し、日本円の価値が世界的に高まったことにより、旅行に円を持っていっても、現地通貨に両替できるようになった。
 そして現在、海外キャッシングできるカードや、自分の預金から直接、外貨を引き出せる便利なカードが登場し、旅行中の両替テクニックが大きく変わった。タイやベトナム、そして中国など、アジアの多くの国の銀行ATMから、瞬時に現地通貨を引き出せるようになった。だから、私は緊急の場合に備え、数万円の日本円キャッシュを持ち歩く以外は、海外で使える銀行カードを使って両替する。手数料は取られるが、滞在費を【多すぎず、少なすぎず】手に入れるにはそれがベストの方法だと思う。

写真は、8日ぶりに帰ってきたTagum city。今日も朝から良い天気!!

タグム市役所前の道路、Main street of Tagum city


 
 フィリピンのフルーツは本当に安くて美味しいね。ブログを書くことによって、去年、フィリピンを旅行したことを思い出しているが、日記に書き留められている【フルーツの値段】を見て、改めて驚いている。大きなマンゴー3個で39Pだ。日本円に直せば、約94円である。バナナは8P、約19円、これはもちろん、ひと房の値段である。
 日本にはマンゴージュースとか、夏になれば、コンビニでマンゴーかき氷とか販売されるらしいが、原価を知れば、販売価格がいかに法外かということがわかる。バナナにしろ、マンゴーにしろ、美味しいからそれでも売れるんだろうけど、もう少し良心的な値段にならないもんだろうか?フィリピンのフルーツ、これは飛行機代をかけても、食べたくなるし、癖になる味だね〜マンゴーバンザイ!!

写真は、朝の定番、美味しいパンとインスタント・コーヒー

朝食のパンとコーヒー、Breakfast, Bread and coffee of Tagum city


 
【ボヘミアンへの路】その13

 アリラン・レストランで働き始めた私はランチ・タイムだけ皿洗いをした。と言っても、ここのレストランは【韓国大使館御用達】らしく、一般の観光客は訪れないので、非常に暇だった。キッチンで働く3人の韓国人ともよく話をするようになり、このレストランの事情が少しづつわかってきた。彼ら(シェフの男性と2人の中年女性)は韓国から直接、派遣された人達だった。驚いたことに、その人達はフラット(アパート)から通ってきているのではなく、地下にある厨房で生活していた。さらに私を驚かせたのは、【パスポートは管理されている】という事実だった。まるで自由のない奴隷のような待遇である。なぜ、そんなことになったのか、まだ22歳だった私にはわからなかったが、彼らは朝から晩まで地下にいて、仕事だか生活だかわからないような毎日を送っていたのだ。最後まで詳しい経緯は聞くことができなかったが、1978年頃に実際に私が経験した事実だ。・・・・・・つづく。

 
写真は、大好きなマンゴーを買ってきた。これでたったの39P(約94円)

ミンダナオ島のマンゴー、Mango of mindanao,Philippines
 


【ボヘミアンの思い出倉庫】 その13
 
 今日は、Washington Hotel Jeffersonと、Markwellのことを思い出したい・・。どちらのホテルも、現在はなくなっていると思うが、どうだろうか?私がニューヨークを後にメキシコへ出国したのが、1989年10月31だから、もう27年以上前の話だ。変化の激しいマンハッタンだから、あの当時でさえ老朽化したホテルだったので、すでに違うホテルになっているか、若しくは商業ビルになっているのかも知れない。
 ワシントン・ホテル・ジェファーソンは、入り口を入って左手にフロントがあった。そのフロントを境にして左右に宿泊区域が分かれていた。アメリカ人の年金受給者がたくさん住んでいて、部屋代は一日でも払えるが、割高になるので多くの日本人は週払いで払っていた。従業員は黒人が多かったが、私は彼らが一生懸命に働く姿をここの生活で初めて知った。日本レストランで働き始めてから、帰りはいつも夜11時半位になった。夜は防犯のために玄関のドアが閉まるので、ブザーを押して、黒人の警備員に開けてもらわなければならなかった。・・・・・つづく。


写真は 、夜のお楽しみはブランデー。コーラで割って、ツマミはピーナッツだ!!

今夜の一杯はフィリピン産ブランデー、Brandy of Philippines




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