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zoom RSS Tagum city, Day 5 亜細亜から南米旅行 二十二日目、二〇一六年三月二十二日【火】

<<   作成日時 : 2017/06/17 13:50   >>

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今は昔・・・・・、とばかりなにもせざりてのんびりせむ。我の旅ももうやがて終わりなり・・・・・・・・・詠み人知らず

〈旅の日記から〉原文のままに・・・・・。

二十二日目 :Tagum city  *通算5回目
宿泊 :WBC Lodge   *350ペソ(約840円)  
両替    :なし
食費    :朝食 パン *22P(約53円)
      :昼食 トロトロ持ち帰り *79P(約190円) 
      :夜食 昨日の残りのフルーツ
雑費    :ビール1g  *80P(約192円)
      

 
Tagum City 通算5日目。厳しかった東海岸周りを終え、タグム市で3日目(通算5日目)。この町ではただ、ゆっくり時間を潰すのみ。シャワー、洗濯、そして食事のため、外出する以外は特にすることなし。ここでお金をセーブして、フィリピン18日間を終わらせるつもり。ミンダナオ島では予定内の予算で終えるのは難しくない。


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次回更新時に本文の中で回答します!!



【スタンプラリー】
 フィリピン旅行記からちょっと脱線しますが、思い出したので忘れないうちに書きたいと思います。去年(2016年)3月から始めたアジア周遊旅行に続いて、6月半ばから約1ヶ月、南米に行ってきました。1989年と1995年に続いて3回目の旅行だった。ある国で日本人旅行者がよく泊まるというゲストハウスに投宿した時の話です。私はそういうところが苦手なので、めったにお客となることはないのですが、暗くなってから到着したので、治安の悪い南米のことですから野宿するというわけにいかず、とりあえず2泊したのでした。宿の主人と話を交わすと、なんと彼もニューヨークのレストランで仕事をしたことがあるとのこと、私の後輩に当たります。もちろん、何の根拠にも成り得ないのですが、ただ、私のほうが数年早かったというだけの話です。
 その宿の主人、ゲストハウスを始めた当初に「ビジネスが順調に行くにはどうしたら良いのか?」と同じようなビジネスをしている日本人オーナーに相談したそうです。その答えは【スタンプ・ラリーの中継地点になれば良い】だったそうです。

動画を投稿します。商店街のど真ん中に市民が集まる広場があります。ここで小学校低学年と思える児童たちが、なにやら発表会をしていました。私もしばし、眺めていました。微笑ましいですね!!




 つまり、最近の日本人旅行者はガイド・ブックの情報通りに旅をする。だから、彼らが次々にたどる旅のルートに組み込まれれば、黙っていても旅行者が来る、という訳です。それをスタンプ。ラリーと例えたのでした。自分の目と足で宿を決めるのではなく、インターネットの情報に従って、観光する場所や宿を決める、それが今の流行りなのでしょうか?私はその話を聞き、う〜ん、と唸りました
「うまいことを言うな、当たってる」
 人それぞれ、人格と同じように旅のスタイルも違う。私のように貧乏旅行が好きな旅行者もいれば、1年間せっせと働いて稼いだお金で豪華な旅を楽しむ旅行者もいる。それはそれで結構。自分の好きなことをやって、充実した時間を作るのなら、それは正解です。ただ、あなたを受け入れる側では、あなたのことを【スタンプ・ラリーをしている旅行者】と見ている人がいるということも現実なのです・・・・・・・あぁ、春夏秋冬!!

写真は、珍しく曇り空のタグム市。こんな空はミンダナオには似合いませんね!!

曇り空のタグム市、Tagum city of the cloudy sky


 
【ボヘミアンへの路】その14

 ランチタイムは韓国レストランで皿洗い、ディナータイムはオーストリア・レストランでまた皿洗い。あまりお金にならなかったけれど、食事が付いていたので23歳の若さだった私の胃袋だけは満足していた。ある日、アリラン・レストランでの出来事。その店の女主人(店を任されていたマネージャー)はいつも不機嫌な顔をしていた。想像するに、大使館がなにがしらの利益をうるために、要人を接待するためのレストランという雰囲気が臭かったので(あくまでも私の推測だが・・)、その仕事があまりうまく進んでいなかったのだろう。
 週末に大口の予約が入り、私は土曜日のディナーに出勤した。そして、後片付けのために1階のダイニングに上がっていって、汚れた皿を片付けていたその時、私と女主人の二人きりだったが、「終わったら、外に車が待っている」と、私に告げた。私は何の事かさっぱりわからず、「いいえ、私は地下鉄で帰ります」と即答した。それから数年たって、私はその言葉の意味に気が付いた。あの時、女主人はきっと、若い日本人に浮気心を出したのだと・・・・・・つづく。

 
写真は、タグム市中心にある教会

タグム市中心にある教会,  Church in the Tagum city center
 


【ボヘミアンの思い出倉庫】 その14
 
 Washington Hotel Jeffersonに初めて泊まったのは冬だった。ご存知のとおり、ニューヨークの冬は厳しい。私は数回−20℃を経験した。そして、高層ビルの谷間を抜ける強風がものすごいのだ。−20度で強風が吹いている日に外でも出ようものなら、体感温度が急激に下がり、1プロックごとに近くのコーヒーショップに逃げ込む羽目になる。とても長時間、外にいることは不可能だ。
 Washington Hotel Jeffersonでは、アメリカでは当たり前のセントラル・ヒーティングなので、部屋の中でもTシャツ一枚でOKだった。そして冬は雪の日も多く、カーテンを開ければ窓ガラスに雪が張り付いている。そんな日でも、部屋の中だけは快適だった・・・・・つづく。


写真は 、この日の昼食です。経済的に食べようと思えば、やっぱりトロトロだ!!

トロトロの食事、Torotoro,Today's lunch



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